編集後記、追記

逃げ場のない暑さと拍車をかける湿度が増す今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

交響楽団魁、第十二回定期演奏会が行われてから早くも一週間が経ちました。一仕事終えて一息いれる団員や、余韻に浸り音源を聴きかえす団員など様々に過ごされているかと思います。


さて、今回の演奏会のパンフレットの最後のページにて、編集を担当しました私、棚橋が編集後記を述べさせて頂きました。半ページの中でつらつら長々と述べさせていただいたのですが、実はまだまだ書き足りないことがありまして、この場をお借りして、全貌を述べたいなと思います(笑)。少々パンフレットの文章と重複する部分がございますが、ご愛読いただければ幸いです。


私が弊団のチラシ、チケット、パンフレットのデザインおよび 編集の仕事に携わって今年で3年目となります。毎回、「どんなデザインにしようか」と悩みながらも、演奏会の プログラムの本質を問いながら試行錯誤しヴィジュアル化しています。


今回の演奏会のチラシデザインについて、今回のプログラムはイギリスプログラムとして構成され、うち2曲はエルガー作曲でもある ため、エルガープログラムとも捉える方も多いでしょう。ただ、これが本当にエルガーの本心に沿ったプログラ ムなのかどうかと問われた時、素直に「はい」と答えられない背景があります。

大英帝国の吟遊詩人としての役割 を任されるエルガーは、交響曲第1番の4楽章に表れる、ブラームス交響曲第3番のフレーズの片鱗や、彼の親友 であるイェーガーの存在から、ドイツ(当時ドイツ帝国)への親しみを持っていたと思われます。しかし、第一次 世界大戦により、親しみあるドイツ帝国と母国であるイギリス(当時イギリス帝国)が敵対する事になります。エ ルガー自ら作曲した曲が軍歌のようにして使用され、それが結果的に敵国の1つであるドイツ帝国への闘争心を 掻き立てる事になると思ったエルガーは、ドイツ帝国への思いと母国イギリス帝国への不満の狭間の中でさまよっ ていた事でしょう。エルガーはイギリスを代表する作曲家として知られていますが、彼自身はイギリス帝国に身 を置きながら作曲する事に対して何を思っていたのでしょう。 そんな、彼の心の中の葛藤が今回のチラシおよびパンフレットの表紙デザインとなっておりました。


チラシの中で、 ビッグベンやウェストミンスター宮殿などのイギリスを代表する建築、赤い制服に黒い長帽子が特徴的なイギリス近衛兵、編隊 を組んで飛ぶ戦闘機(実はスピットファイア を用いています)とそれらを迎える朝日は、「大英帝国の勇ましさ」を表現しています。しかしエルガーは、そ んな「描かれた大英帝国」という額縁で囲まれたキャンバスの外にいます。そして彼の背後にはドイツ帝国を模し た別の風景が描かれています。これは、彼が大英帝国の作曲家である事を誇りに思いつつも、そこ(キャンバス) に本心が入りきれず、心の中にはドイツ帝国への思いもある。そんなエルガーの心情を表現しています。


と、ここまではパンフレットでも述べた文章です。デザインする上での大まかな構成を作り出す「コンセプト」とでも言いましょうか。ここからは少し細かい話をしようと思います。


まず額縁の中、「描かれた大英帝国」についてです。

建築群は昔からある不変なものなので、ほとんどそのままを模写しています。ただ、全体的な構図の関係から、ウェストミンスター宮殿とその前の橋との位置関係は完全に鏡(左右反転)の状態になっています。またビッグ・ベンも本来はこの位置では無く、もう少し奥まったところに存在しているのです。

なのでイギリスに行っても、これと全く同じ構図では写真を撮ることは不可能でしょう。


手前の近衛兵とバスについて。近衛兵は服のスタイルがほとんど変わっていないため、素材の入手は多少楽でした。ただ、構図に合わせた向きでの素材があまりなかったので、捜索に少し時間を要しました。バスについて、いわゆる「ロンドンバス」で知られる赤いバスはこのような形なのですが、技術の進歩により、今現在は車両の形や座席の配置が変わっていると思います。エルガーの生存していた頃のバスを用いないと時間軸が狂ってしまうので、エルガーの生存当時のバスを表現しようとしました。とは言っても現在は当然のことながら走行していません。そこで、当時の画像と近しいものを見つけてきました。

このモノクロ写真(左側)はエルガーの亡くなる8年前、1926年に撮影されたバスの写真です。今の様な2階席の天井は無く、タイヤは細く、運転席も外に露出したボンネット型バスになっています。これに近しいレプリカがロンドン交通博物館に展示してあるのです(右側)。この貴重な写真から上手く構図に合うよう修正し、デザインに加えたのです。


「描かれた大英帝国」最後の要素は、この朝日です。建物群が空想の構図なので、朝日の出てくる角度も当然空想でのものなのですが、この朝日に最大のイギリス要素が隠されているのです。太陽の光線が中心から放射状に流れているのですが、この放射線状に伸びる構図、どこかでみたことありませんでしょうか?そう、「イギリス国旗」なのです。よーくよーく見ると、薄っすらとイギリス国旗が見えるかと思います。実はこんな感じで隠れています。

毎回、その国にちなんだものとして、国旗の要素も取り入れているのです。今回はそれが「朝日」となった訳です。


ここまで、額縁の中の話でした。ここまででも長中と語ってしまったのですが、まだまだあるのです(笑)。続いて額縁の外、エルガー自身の表現です。ドイツ帝国への想いを右下に表現したのですが、正直ドイツらしい物が見当たらないと思われた方が多いと思います。そうです。あの赤い花畑も風車も、ドイツとは関係のない素材だからです。しかし、その構図によってドイツ帝国を表現したのです。少し拡大して切り取ってみて見ると分かりやすいかもしれません(粗が目立つ事に少し抵抗感ありますが…)。

この赤い花畑、白く映る空、黒く見える雲の位置関係は、実は当時の「ドイツ帝国」の国旗を模しているのです(下部左写真)。エルガーのもっとも関係のある年代はこのドイツ帝国の時期でした。しかし第一次世界大戦の敗北とドイツ革命の勃発により崩壊してしまった為、あまり見覚えのある方はいないかと思われます。また風車は「鉄十字」(下部右写真)を模しており、ドイツを中心に中世以来使用されてきた紋章なのです。この鉄十字は第一次世界大戦時にも再制定され、この時代のドイツ帝国とはとても深い関係性を持つのです。

このドイツ帝国の要素を左胸側に持つエルガー自身の表情は、どこか寂しそうな表情をしています。このエルガーの写真は、彼が60歳の頃の写真です。まさしく、彼の心情が色々な葛藤を重ね、彼自身を苦しめている、そんな頃の写真なのです。



この様にして、様々な要素がデザインとして組み込まれ、デザインとして仕上がっていったのです。

パンフレットでも述べた通り、この様にデザインの「過程」を述べるのは、プレゼンとしては非常に有効なのですが、団員以外の一般の方、お客様に述べるのはむしろ「恥ずかしい」というか、「語らない事のかっこよさ」の様なものがあるのです。「デザインは受取手の自由」がまさしくそうで、受取手に強いるデザイナーは如何なものかと、そう思ってしまうところがあるのです。

ですが、今回は数名の方から「編集後記、よかったよ」と仰って頂いたので、調子に乗って追記させていただきました(笑)。


今回の記事でまた皆様の様子を伺い、感触が良ければ、過去2年分のデザインの過程も述べようと思います。今回は長くなってしまったので、ここまでにさせて頂きます。


ご愛読ありがとうございました。


交響楽団魁 広報デザイナー、編集

棚橋優樹

交響楽団魁

東京理科大学OBOGオーケストラ、交響楽団魁新設HP。演奏会情報、日々の活動などを扱っています。